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神戸地方裁判所 平成元年(ワ)644号 判決

原告 仁井田益造

右訴訟代理人弁護士 小林廣夫

被告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 古本英二

主文

一  被告は原告に対し金二〇万円及びこれに対する平成元年五月一一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金五〇万円及びこれに対する平成元年五月一一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は別紙目録記載の建物(以下「本件建物」という)を賃借し、昭和二三年四月以降本件建物に居住している。本件建物は他の五軒とともにいわゆる長屋構造(以下「本件長屋」という)となっている。

2  訴外株式会社ヨロズ土地(以下「訴外会社」という)は平成元年二月八日本件建物を含む本件長屋を敷地と共に買い受け、本件長屋について賃貸人としての地位を承継した。

3  被告は訴外会社の従業員であり自称専務取締役であるところ、訴外会社の命を受け、原告を含めた本件長屋の賃借人居住者を追い出す目的で、右居住者と交渉に当たっていたが、居住者の中で一番年齢が若く世話役的な原告及びその妻昭子がいたため、同人等を中心とする居住者らの結束力が強く、強引に立ち退かせる目途がたたなかった。

4  そこで被告は、原告と他の居住者との長年の信頼関係を破壊させることにより各居住者を分断し、そのうえで個別に追い出し交渉をする計画を立て、平成元年三月二六日本件長屋の居住者である西口、伏見、久治宅を訪問し、「一戸当たり一〇〇万円の立退料を(原告に)支払う条件で、他の居住者五世帯の追い出しに協力してもらう話が仁井田との間でできている」「仁井田は一番若いので五〇〇万円受け取って先に引っ越す計画を立てている」「皆、仁井田に騙されている」等虚偽の説明を同人らに行い、更に同年四月八日再度久治宅を訪問し、右同様の説明を行い、本件長屋居住者の取りまとめ役をしていた原告の社会的評価を失墜させた。

5  被告の右行為は原告の名誉を著しく毀損するもので、不法行為に該当する。

6  このため高齢者であり人の言葉を信じやすい前記三名を含めた本件長屋の居住者らは、被告の説明を真実であるかもしれないと疑心暗鬼となり、原告に対し真偽の確認を行う等の精神的動揺を与えたため、居住者らの原告に対する長年の信頼関係も一時揺るぎ、原告の社会的評価を低下させられた。

7  被告の右行為により原告は精神的苦痛を被ったのであり、これに対する慰藉料として金五〇万円が相当である。

よって、原告は被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として金五〇万円及びこれに対する不法行為後の平成元年五月一一日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3の事実のうち、被告が訴外会社の従業員であり、自称専務取締役であることは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同4の事実のうち、被告が原告主張の日にその主張の宅をそれぞれ訪問したことは認めるが、その余の事実は否認する。

4  同5ないし7は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1、2の事実、被告が訴外会社の従業員であり自称専務取締役であること、被告が平成元年三月二六日に本件長屋の居住者の西口、伏見、久治の各宅を、更に同年四月八日久治宅を訪れたことは当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。《証拠判断省略》

1  訴外会社は平成元年二月八日本件長屋及びその敷地を前所有者から買い受けたが、これは本件長屋の居住者を立退かせ、本件長屋を建て替え再開発するためであった。そこで訴外会社の番頭格の従業員である被告は訴外会社の命を受けて居住者と立退き交渉をすることとなり、平成元年三月六日、本件長屋の各建物が訴外会社に所有権移転登記されていることを示すための登記簿謄本を持参して、本件長屋の各居住者を訪ね、訴外会社の専務取締役と記載してある名刺を渡して、訴外会社が所有権を取得した旨の説明をなした。原告宅では原告の妻昭子が被告と応対した。

2  昭子は右名刺から、本件長屋の新所有者が最近本件長屋の西側に所在する長屋一三軒を所有者から買い受け、強引に居住者を立退かせた会社と同一であることを知ったので被告に今回も同じことをするのかと確かめたところ、被告はこれを認めた。

原告を含めた本件長屋の居住者らは、右長屋の居住者らの結束が、訴外会社から金を貰って立ち退きを交渉した人がいたため分断され、空家に浮浪者を入れたり、夜通し騒いだり、最後まで立ち退かない家の軒下までブロックを積む等のいやがらせを受けて立退いたことを聞いていたので、居住者らが結束して訴外会社に対応することになった。

3  原告と昭子は同月八日市民相談所に相談に行き、翌九日本件長屋の居住者である原告、西口、酒井、大下、久治、伏見の六軒が集まり、昭子が市民相談で指導を受けた内容を説明した。右居住者らは戦前から本件長屋に居住し、人間関係を形成してきたうえ高齢でもあるので本件長屋を立退かないことを確認し居住者の中で一番若い原告夫婦に訴外会社との交渉を任せることとなった。そして原告夫婦は西口、伏見と共に翌一〇日市役所で特別相談を受け、弁護士に依頼した。

4  被告は翌一一日原告宅を訪れ、昭子に対し「弁護士から訴外会社が暴力的なことをやっているとの申立があり、兵庫警察から事情を聞かれた」と文句を言った。その際被告は本件建物は自分の所有だから釘一本打たせないとか、間取りを見せろ等と言って昭子と押し問答をし、立退き問題について居住者の子供たちを参加させるようにと言って帰った。

3  同月中頃本件長屋の居住者の一人である大下は、息子が訴外会社と交渉するということで別行動を取るに至ったが、残りの五軒は原告夫婦が世話役となり共同歩調を取っていたので、被告の居住者との立退きの交渉はあまり進展しなかった。

6  同月二六日被告は本件長屋を訪れたが、原告と酒井が留守だったので、西口、伏見、久治に面談した。そして同人らに対し「あんたら仁井田に騙されている。仁井田は一軒当たり一〇〇万円くれたら話をつけると言っている。仁井田は五〇〇万円貰って立退きする。」等の虚偽の説明をなし、更に伏見に対しては、原告宅が留守であるのを承知しながら、「嘘だと思ったら俺と一緒に仁井田宅に行こう」と言って同人を原告宅に連れて行った。更に被告は同年四月八日再度久治宅を訪問し、前同様の虚偽の説明をなした。

7  伏見や久治らは被告から前記説明を受けた際、原告夫婦を信頼していたものの、被告の説明を真実であるかもしれないと疑心暗鬼となり、伏見は被告から説明を聞いた同日夜、久治はその翌日原告の妻昭子に対し真偽の確認をなした。一方原告は、伏見から「被告の言ったことは本当か」と聞かれて驚き、被告が本件長屋の居住者を分断するために、虚偽の事実を述べたことを知った。

右認定の事実によれば、被告は原告を含めた本件長屋の居住者らと立退き交渉にあたっていたが、居住者の中で一番年齢の若い原告とその妻昭子が世話役となって交渉することになったため、居住者らの結束が強く、立退きの問題が進展しなかったので、被告は原告と他の居住者らとの信頼関係を破壊し、居住者らの結束を分断すべく、原告が被告と陰で取引したかのような虚偽の事実を述べ、居住者らに精神的動揺を与え、世話役としての原告に対する信頼感を一時的にせよ失なわせ、原告の社会的評価を失墜させたと認められるから、被告の右行為は不法行為を構成するというべきである。

三  従って被告は、右不法行為により原告の被った精神的苦痛に対して慰藉料を支払う義務があるところ、本件行為の動機、その伝搬性その他前記認定の諸般の事実を併せ考えると、慰藉料として金二〇万円を認めるのが相当である。

四  してみると、被告は原告に対し右慰藉料金二〇万円及びこれに対する不法行為後の平成元年五月一一日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきである。

よって、原告の請求は右限度で正当であるのでこれを認容し、その余は失当であるのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 將積良子)

〈以下省略〉

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